御蔵島 野生化ネコ捕獲プロジェクト【Vol.1】
大学・研究機関、島民、島外団体、行政の「四位一体」で、島の幸せを守る。

御蔵島には「島のアイデンティティ」とも言える鳥、オオミズナギドリ(通称:カツドリ)が住んでいます。船が着きづらく食糧が減る冬場には、島民の貴重なタンパク源として食された時代もありました。
手付かずの自然があふれる御蔵島はオオミズナギドリにとって天国といえる環境で、1978年時点での繁殖個体数は175万〜350万羽。御蔵島はオオミズナギドリの世界最大の繁殖地として知られていました。
しかし近年、そのオオミズナギドリが危機に瀕しています。
原因の一つが御蔵島の森林に野生化したネコによる捕食です。研究チームの試算によると、1年間に最低でも約3万5000羽ものオオミズナギドリがネコに食べられているという状況にあります。このままいくと、そう遠くない未来、御蔵島のオオミズナギドリが絶滅の危機を迎えてしまう。外来種である野生化ネコは、本来の生態系を壊す存在でもあり、特にオオミズナギドリは海から森に栄養を運ぶ役割を持つため、古くから残り続けていた御蔵島の大自然そのものが壊れてしまう危険すらありました。
そんな状況を打開するために立ち上がったのが、「御蔵島 野生化ネコ捕獲プロジェクト」。このプロジェクトはただネコを捕獲し、御蔵島の自然やオオミズナギドリを守るだけのプロジェクトではありません。
大学・研究機関、島民、島外の有志による団体、行政が「四位一体」となり、ネコも、オオミズナギドリも、島民の暮らしも、そして御蔵島の大自然も守ることで、みんなが幸せに生きていける。そんな未来を実現するプロジェクトです。



〜プロジェクトの連携体制〜
このプロジェクトの大きな特徴は、大学・研究機関、島民、島外の有志団体、行政の4つが力を合わせて課題解決に向かっている点です。
●森林総合研究所(プロジェクト統括)・東京大学・北海道大学の研究者・学生からなる捕獲・研究チーム
●島民チーム(捕獲・捕獲ネコの世話とサポート)
●島外団体:御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会、保護猫カフェ「たまゆら」等(保護したネコの譲渡先探し)
●御蔵島村役場(ネコの待機所や資材保管場所の提供)
それぞれができることを担い、「ネコの捕獲→島内での一時飼養→島外搬出→譲渡」という流れを途切れることなく作っています。

〜2023年度までの取り組みとその成果〜
このプロジェクトが本格的に始動したのは2021年。開始当初に比べ、ネコの捕獲数が増えていることも大きな成果ですが、それと同時にプロジェクトを理解し、支援してくれる島民が増えたことも大きな成果です。ネコの捕獲に協力してくれる島民チームの誕生に象徴されるように、島民の協力体制が築かれました。
今年も多くのネコを捕獲できたため、島内のネコの飼育施設が満室になってしまいました。そんな状況の中、保護したネコを島外に搬出するまでの期間、ネコの預かりや飼育スペースの貸与を申し出る島民が続出しました。ネコが暖かい家で分散して飼養されたため、ネコ風邪が流行ることもほとんど無くなりました。島民が預かりネコのかわいい姿を見る機会も増え、島内での譲渡も進みました。このように、年々このプロジェクトを応援してくれる島民が増えています。


島民によって一時飼養されたネコが島外に渡ると「御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会」の手によって一定期間、「人との暮らし」に慣れさせます。そうすることで、できる限りネコも人もストレスを感じない状態で飼い主へのもとに渡ることができます。
〜2025年1月11日 島民報告会〜
2025年1月11日。プロジェクトの主要メンバーである森林総合研究所(通称:森林総研)・東京大学・北海道大学のメンバーより、これまでの取り組みについての島民報告会が行われました。プロジェクトの初年度(2021年)に実施した報告会よりも島民の参加が大幅に増えました。
2024年度については3月までに101匹のネコを捕獲。自宅での一時飼養に協力した島民も前年に比べて大幅に増えました。このプロジェクトが成果を挙げている要因として、外部の専門的な知見・手法に加えて、島民の協力があったことは間違いありません。島外・島内が一体となって地域課題の解決に向かうその姿は、これからの日本において先進的な事例になるはずです。

御蔵島の「本来の自然」を取り戻す。
〜森林総研:亘 悠哉さんインタビュー


森林総合研究所 主任研究員 (御蔵島 野生化ネコ捕獲プロジェクト代表)
島の生態系保全の第一人者として、国内外で活躍する研究者。奄美大島の外来種であるマングースの対策に深く関わってきた経験を活かし、御蔵島 野生化ネコ捕獲プロジェクトを推進。
心がきれいになる、御蔵島の森。
御蔵島に関わるようになったきっかけは、2016年に御蔵島で開催された外来種のシンポジウムです。「御蔵島で、奄美大島の経験を話してほしい」と当時、観光協会にいた方から声をかけていただきました。御蔵島を訪れた際に、森の中を案内していただいたのですが、御蔵島の森はなんとも壮大で、魅力的で、心がきれいになった。「この森はすごいな」と思いました。
それと同時に、野生化したネコの問題が見えないところで起きていることを知りました。この森の生態系を絶対になくしてはいけないと思いました。そこで、野生化ネコの存在がどれくらいこの森にインパクトを与えているのか研究を始めたのです。
私がこれまで携わっていた南西諸島の森は台風が多く、木はそれほど大きく育ちません。一方、御蔵島の木はどんどん大きくなれる環境があります。倒れてもまたその木から芽が出て、また太い幹をつくる。ただ直立した木が育つのではなく、傾斜があって斜めに育ったり、そこに苔が生えたり、本当に美しい。攪乱がある中でも木が大きくなろうとしている。そんな「御蔵らしさ」にあふれた森を守りたいという想いでプロジェクトを立ち上げました。

欠かせなかった、島民チームの結成。
奄美大島での経験から、プロジェクトの成功にあたっては島民の協力が不可欠だと考えました。そこで島に住み込んでプロジェクトを動かしてくれたのが大学院生の徳吉君です。彼はとても子どもに人気があり、彼に協力したいという島民が日に日に増えていきました。このプロジェクトの存在を島民の方々に知ってもらえる一番のキッカケにもなりました。
さらに、4〜5名の島民チームを結成し、現地でプロジェクトを手伝ってもらえる体制ができました。夏はイルカウォッチング等の他の仕事をしながら、冬はネコの捕獲を手伝ってくれる島民もいます。2年目になると島民チームから「ここに罠を仕掛けた方がいいんじゃないか」といった提案も上がってくるようになりました。島民チームはどんどん主体性を増していって、今年からは捕獲を手伝ってくれるエリアも拡大しました。

1000年先まで、島の価値を残す。
今、日本のほぼすべての島で外来種が問題になっています。御蔵島ではネコが野生化して問題になっていますが、幸いにも、多くの島の頭を悩ませているイタチはいません。私たちの活動がきっかけとなって野生化ネコをゼロにすることができれば、御蔵島は「本来の自然」を取り戻すことができます。
例えばニュージーランドでは「外来種フリーアイランド」と呼ばれる島があって、外来種がいないというだけでものすごく価値が認められています。御蔵島も同じように、本来の自然を取り戻すことができれば、100年後、いや、1000年後までも島の価値を残せるはずです。
もともと御蔵島は人とオオミズナギドリの共生で歩んできた歴史があります。そんな「御蔵島のアイデンティティ」とも言えるものを守ることは、島民にとっても、日本にとっても、すごく大切なことではないでしょうか。
